【言いたいこと言ってみた】コロナで犠牲に「させられている」人が苦難から抜け出すためにできること

こんにちは。シュンです。

4月25日、3度目の緊急事態宣言が発令されましたね。
今回の緊急事態宣言では、酒類の提供が終日禁止されるという。

お店によっては今までよりも厳しい状況を強いられるかもしれないということに焦りを、政府の対応に憤りを感じているかもしれないですね。

では今回の緊急事態宣言、このコロナ過をどのように行動すればいいのか?

この記事がそのためのヒントになれば幸いです。

前半は文句と言いたいことで、結論は最後の「これからどうすればいいか?」という項目で書いてますので、結論だけ知りたい人は最後だけ見てください。

トロッコ問題の犠牲

今、世間は倫理学上のトロッコ問題のような状況に似てます。

トロッコ問題とは、

「あるトロッコが暴走している。このままでは5人の若者が轢かれてしまう。もしあなたがレバーを操作してトロッコの進路を変えれば5人の若者の命は助かるが、代わりに1人の老人が犠牲になることになる。このときあなたは、レバーをそのままにして若者5人を犠牲にするか?それともレバーを操作して若者5人を救い、代わりに老人一人の命を犠牲にするか?」

という問題です。

di 01 - 【言いたいこと言ってみた】コロナで犠牲に「させられている」人が苦難から抜け出すためにできること
引用:https://www.atmarkit.co.jp/ait/articles/2011/25/news010.html

例えば、レバーを操作した場合。

犠牲者を一人に抑え、最小限に抑えることができますが、レバーを操作したという事実が残るため、「自分の手によって人が亡くなってしまった」という罪悪感が残ります。

逆に、レバーを操作しなかった場合。

犠牲者は5人と増えてしまいますが、自分は関与することがなくなります。では罪悪感がなくなるかと言えばそうではなく、「見殺しにしてしまったかも」という感情に襲われるかもしれません。

どちらにせよ人が亡くなってしまうという究極の選択です。

実際に自分がこの状況に直面したらと思うと、どっちを選べばいいか相当悩んじゃいますね(*_*)

前述のとおり、この状況は今と置き換えられます。

まずトロッコの先を、ウイルスにより犠牲になってしまう人と、ウイルス感染を抑えるために活動自粛を余儀なくされ、経済活動ができなくなってしまう人に、そしてレバーを操作する人を政府に置き換えられます。

休業要請をしなければウイルスが蔓延する可能性が高まり感染者が増える代わりに経済は活性化します。

休業要請をすればウイルス蔓延を防止できる代わりに休業を余儀なくされた店舗は経済活動ができなくなります。

このように、どちらかが犠牲にならなければならないという状況がトロッコ問題に似ているわけです。

では今の日本はどのような状況かというと、後者にフルスロットルでレバーを引いて休業要請で店舗を犠牲にしている状況ですね。

感染者を減らすために休業を余儀なくされている人たちが犠牲にさせられているわけです。

犠牲になる必要はあるのか?

トロッコ問題では、どちらかが犠牲にならなければいけないという状況ですが、現実において、休業を余儀なくされている人たちは犠牲になる必要はあるのか?ということを考えてみました。

というのも、4月25日時点でコロナ感染経験者は55万人で、そのうち50万人が回復しているとのデータがあります。

死者数は1万人と単純計算すれば約1.8%程度の死亡率です。

また、年齢別に見た場合、70代・80代の高齢者になると死亡率は高くなっていますが、10代~30代では0%、40代50代でも0.1%程度と若年層になればなるほど低いことがわかります。

image 1 - 【言いたいこと言ってみた】コロナで犠牲に「させられている」人が苦難から抜け出すためにできること
引用:https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000716059.pdf

実際は報告されていないケースもあるかと思いますので、これが正確なものとは限りませんし軽視していいとは言いませんが、何度も何度も緊急事態宣言で店舗を休業させるほどのことなのでしょうか?

こうなると、「レバーを引かなくても犠牲者は多くならないけど、レバーは引いとくからあなたたちは我慢してね♪」
というような理不尽な対応に感じてしまいます。

0.1%の死亡率を防ぐために何度も休業を余儀なくされる必要はあるのでしょうか。

悪徳保険屋の手口に引っかかる人

「コロナで死ぬ確率はそこまで高くない」

こんなことをインフルエンサーが言おうものなら、非難ごうごう炎上必至です。

でも批判する人たちに言いたい。

「じゃあ二度と車にも乗らないんですか?」と。

低確率だけど死ぬ可能性がある要因なんていくらでもあるはずです。

車に乗れば交通事故に遭うかもしれない。

ケーキを食べれば糖尿病になるかもしれない。

紫外線を浴びれば皮膚がんになるかもしれない。

普通に街を歩くだけでヤンキーにからまれて通り魔的に殴り殺されるかもしれない。

もしくはインフルエンザなどの別のウイルスに感染して亡くなるかもしれない。

もちろん一つ一つの確率は低いかもしれませんが、可能性がないわけではないはずです。それなのにコロナにばかり敏感になるのは変ですよね。

ではなぜコロナにだけこんなに敏感になっているかというと、「政府やメディアに注目させられている」というのが理由です。

人は、今注目しているものを重要なものと判断する性質があるので、毎日報道される感染者数などの情報に繰り返し触れてしまうことで、その情報を重要なものだと思い込んでしまうんですよね。

これって一昔前の悪徳保険屋の営業手法にありがちな奴です。

「○○っていう病気にかかったら、こんな大変なことになるんですよ!!」とお客の不安をあおって高額な保険料をかすめ取るけど、その○○という病気にかかるリスクはほとんどないという。

営業マンがやれば営業手法ですが、規模が大きくなればそれは扇動です。

このような扇動に耐性のない人は、扇動の意図を持った相手が発信する情報を100%信じてしまうんですね。

その情報が間違っていたり、非合理的なものであったとしても。

怖い怖い同調圧力

大事なポイントは、「コロナ怖い!危険!」と注目させられると一部の人間から同調圧力が生じ、コロナを軽視するような発言をすればたちまち叩かれる対象となってしまうということです。

今街に出れば、僕を含めほぼ全員がマスクをしているはずです。

もちろん感染予防のためにマスクをしている人が多いとは思いますが、その中には「変なおじさんに注意されるのが面倒だからつけている」という人も少なくないはず。

街でわいわいすると、ウイルスに感染する以前に世間が黙ってないんですよね。

人気商売のYoutuberなんかは特に炎上を気にしているので、感染防止というよりは叩かれ防止の意味合いが強いと思います。

そうなると、言いたいことが言えない人が増え、心にモヤモヤを抱えながら生活しなければならない人が増える。

日本人は特に、言いたいことを言えない人が多いので同調圧力を受ける側が勝てることは少ないし、言いたいことを言ったとしても、ホリエモンのように誹謗中傷の嵐です。

そんな風潮だから、「自分も言いたいことはあるけど、言ったら叩かれる。我慢して黙っとこ」となってしまうんですよね。

本当は世間の風潮が間違っているという場合もその方向を正すことが難しくなってしまいます。

他人の利益のために自分を犠牲にするLose-Win精神

日本人は、何かと自分を犠牲にしがちな人が多いです。

前述のような同調圧力が生じている状況だと「まぁ、俺が我慢すればいいだけの話しか…」と思ってしまいがちです。

プライベートでも仕事でもその傾向があります。

なぜなら、相手のために動くことは崇高で、自分の利益を追求するのは卑しいと教わるからですね。

しかし、そのような精神を利用されている人が非常に多いのが現実です。

例えば「お客様の成功がすべて!」という企業理念。

この理念を言い訳にブラックな環境で働くことを許してしまっている人はいないでしょうか?

実際私が以前勤めていた会社の理念は「お客様の成功が全て!!」というものでしたが、そのために犠牲心を煽られて病んでいった社員が多かったです。

「仕事はつらい。でもお客様のためだから。それが会社の方針だから。その会社に属している自分は文句を言うべきではない」と諦めてしまっていないでしょうか?

その精神を、会社の利益を上げるための生贄にさせられていないでしょうか。

一方、僕が新卒で勤めた企業の理念は「まず自分たちの生活をよくしよう。そして社会に貢献しよう」というもので、結構腑に落ちてたんですよね。

そう。

まず自分が豊かにならなければ他人の幸せや成功なんて望めないんです。

ビジネスにおいて「Win-Win」という考え方が当たり前ですが、日本人は人の成功のために自分を完璧に犠牲にしてしまう「Lose-Win」な人が結構多い。

そしてその犠牲心を利用しようとしている人も多い。

今、営業自粛を強いられている人の中にはこういう人がいるかもしれない。

「自分が犠牲になれば日本がよくなるかもしれない。」

でも、本当にそうでしょうか?

本心から自分が犠牲になることを望んでいるならそれでもかまいません。

しかし、もしそこに不満を感じているのだとしたら、文句を言うべきです。

「自分が我慢すれば日本がよくなる」
しかし、その「日本」の中には自分たちも入っているはずです。

自分がよくなることだって、日本を良くすることに繋がります。

今一度、「自分たちはいいように利用されていないか?」ということを考えるべきです。

責任の所在を他者に押し付けるべきではない

こういうことを言うと「重傷者や亡くなる人、犠牲になりやすい高齢者のことを考えていない!!」とまたもや炎上しそうですが、はっきり言いましょう。

感染したくない人は、その人だけが自粛すればいいんですよね。

コロナは空気感染しないんで、自分一人が家に引きこもって誰とも会わなければ感染するリスクは0です。

どれだけウイルスが蔓延していようが、家から一歩も出なければウイルスに感染することはありません。

しかし、ウイルスに感染するのを防ぐために他人に自粛を強要している人が多いというのが現実なんですよね。

たまに、「コロナをうつされた!!」なんていう驚きのヒステリックボイスを聞きますが、「いやいや、あなたも外出した結果じゃないですか。」と言いたいです。

こういう時に叫ぶのって、大体いつも他人のせいにばかりしてる人たちなんですけどね。

自分が感染したくないから他人の自粛を強要するのは、そっちが自分勝手でしょうと話です。

あと、守るべき心優しい高齢者を除く身勝手高齢者が「若者は俺たちにうつすから自粛しろ」なんていう実に恥ずかしい発言をすることもありますが、それもエゴです。

死亡率が高い高齢者が自分を守るために自ら自粛するならわかります。

しかし、死亡率が高い高齢者を守るため、死亡率が低い若年層の人たちに自粛を強要して生活を困窮させるのはおかしな話。

人は何か問題が起こったとき、誰かしらに責任を追及しがちですが、この状況で「誰の責任?」なんて追及しても本当に意味がないし、そもそも複数の状況が絡み合う中で責任の所在なんてわかりようがない。

であれば「すべて自己責任」という思考で行動するしかありません。

もしこの記事を書いている僕が自粛をしなかったとして、ウイルスに感染しても自己責任。

ウイルスに感染していることが分かったら、周りに感染させないために家に引きこもりますが、仮に僕経由でウイルスに感染した人がいたとしてもその人も外出していたわけですからその人の自己責任。

誰かを標的にするような話ではないはずです。

「高齢者の命を犠牲にするのか!!」と言われそうですが、高齢者の命と若者の命のどちらが重いか軽いかとか、比べられるものではなくどちらも重いのです。

であれば「どちらかが犠牲に」などという話ではなく、それぞれが犠牲にならない道を模索し、あくまでも自己責任の精神で選択をしていくべきです。

しかしそんな中、責任を押し付けられて強制的に休業させられている人たちは本当にかわいそうな話。

「命を守る行動を」

また、「命を軽視するな!!」なんて言うファンタジー思考の人もたまにいますが、僕から言わせれば「経済活動だって立派な命を守る行動ですよね?」ということ。

お店が休業することで生活費を稼ぐことができない。
生活費を稼げないことにより、ご飯を食べることができない。

そうなると命が続かなくなることは想像できます。

また、一般の人の食べ物だって、誰かの経済活動によって生まれています。

仮に日本国民全員が自粛したとすれば、小売店への食材の供給がストップし小売店も休業するため、日本人全員が餓死します。

「命よりもお金が大事か?」

お金か命かではないです。

お金も命なんです。

そのお金を得るための行動を止められるというのは、命を止められるのとほぼ同義ではないでしょうか。

これからどうすればいいか?

ここまでいろいろと不満を書いてきました。

同じような不満を持っている人も多いでしょう。

「なんで俺だけが…」と憤りや絶望を感じている人もいるかもしれません。

しかし、この状況を丸ごと変えるは難しいんですよね。

この記事を書いたからと言って国の対応は変わらないし、考える脳の足りない自粛警察がクビになることも同調圧力が鎮まることもないです。

休業を余儀なくされている側も、先ほども書いた通り「全て自己責任」という思考で動いていかなければなりません。

じゃあ何でここまでで不満をつらつらと書いてきたかという話ですが、それは、この記事によって周囲の状況は変わらないけど、明日からのあなたの行動は変えることができると考えたからです。

この記事を見て、自分がどんな理不尽な対応を迫られているのかを気づいてほしかったからです。

そして「自分はそんな犠牲になんてなりたくない!!」と奮起し、絶望から希望へと向かう行動をとってほしいからです。

残念ながら、世の中の環境が常日頃変わっていくことは当たり前のことだし、それに順応していかなければ生きづらくなるというのも世の常です。

世間が自分にとって理不尽な流れになっているのなら、それを受け入れて自分自身が変わっていくしかない。

「早くコロナが終息して前みたいな生活が戻ってきてほしい」と願ってもコロナが終息する保証も、前のような生活が戻ってくる保証もありません。

「国が何とかしてくれるはず」そんな希望は無くなったということが分かったはずです。

国はあなたを救うのではなく犠牲にしようとしているのですから。

であれば他人に期待して現状が変わるのを待つよりも、生き残るために自らが行動していかなければならない。

生き残るために何をするべきか。

僕が考え得る対策を書くので少しでもためになれば幸いです。

休業補償は申請しときましょう

まず、これまでさんざん国をディスってきましたが、手のひら返し。

貰えるものは貰っときましょう。

厚労省のホームページから申請できます。

https://www.mhlw.go.jp/stf/kyugyoshienkin.html

「オラ、国になんて頼らねえ!!」って人もいるんですが、おとなしく申請しとくべきです。

「いつまでたっても支払われない」という声も聞きますが、一応申請しておきましょう。

複数の収入源を立てる準備を

こんな状況になっているのはコロナのせいですが、原因を他者に求めても仕方のないことです。
であれば自分に原因を見つけることで次への改善をしていくカギになります。

自分の中に原因を探った場合、以下のものが考えられます。
・収入源を一つに頼り切っていた

日本の教育でサラリーマン思考を植え付けられてしまっている場合、収入源を一つに依存しがちです。

最近では副業で副収入を得ることは当たり前になってきていますが、中には副業を禁止している時代遅れな会社もあったり、「副業=詐欺」なんていう驚きの情弱思考を刷り込まれているケースもあります。

しかし、収入源を複数持つことは悪いことではなく、人生におけるリスクヘッジとして真っ当な手段です。

例えば株においても、1億円の資金を一つに会社に投資するのではなく10の会社の1000万円ずつ分散投資するのが普通です。

一点集中だとその会社が倒産すればすべてを失いますが、10の会社にリスク分散すれば、一つが倒産しても9000万円の資産は残ります。

捉え方によっては自分自身も一つの小さな会社なので、この考えは適用した方がいいんですよね。

また、分散するにしてもまったく違う業種に分散した方がよくて、例えば10種類の業界でビジネスを所有していたとしても、そのすべてが飲食店だった場合、今回のような休業要請があれば全滅です。

そうではなく、例えば
●お店のメニューに関するレシピ本を出版したり、
●冷凍食品の通販をしたり、
●お店のマスコットキャラクターを作ってグッズ化したり、
●店舗経営の経験を活かしてコンサル業を始めてみたり、
●Youtubeに動画を投稿したり、
●もしくは全く別の事業を始めてみたり。

店舗を営業できなくても収入が入る仕組みを多角的な視点を持って作る必要があります。

イベントなどのオフラインビジネスは今の時期自粛ムードで難しいと思いますので、オンラインで人と接触しなくてもできるビジネスを考えてみましょう。

「オンラインビジネスなんてどうやればいいかわからない」という方は、こちらからオンラインビジネスについて学べる無料セミナーを紹介していますので、参考までに見てみてください。

クラウドファンディングで資金集め

コロナ過で資金難の場合、上記のような通販やグッズ販売などの新たなことを始めるにしても資金が必要になります。

この状況でそんな体力はないかもしれません。

そんなときは、クラウドファンディングを利用した資金集めがオススメです。

ホリエモン入店拒否で話題になった餃子屋さんもクラウドファンディングで資金を集めたみたいですね。

他には例えばクラファン上でステーキの販売を行ったりして資金を募っている人もいます。

→https://camp-fire.jp/projects/view/387022?list=key_visual

「クラウドファンディングなんて難しそう…」と思うかもしれませんが、やってみれば意外に支援者が集まるかもしれませんので、まずはやってみることをオススメします。

自分の中に資金を集めるためのヒントが必ず隠されているはずです。

最後に

ここまでいろいろ書いてきましたが、もちろん一人一人の状況は異なりますので、この記事ですべてを使えることは難しいです。

そのため、個別の相談や質問も無料で受け付けていますので、こちらのLINEからよろしければどうぞ。

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形式上、最初にプレゼントが送られてきますが、いらなければ無視していただいて結構です。

直接LINEを送っていただければ返信します。

非常に大変な状況かもしれませんが、必ず乗り越えるための道があります。

絶望してしまいそうなときもあるかもしれませんが、必ず光はあります。

ともに乗り越えていきましょう!!